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仙台地方裁判所 昭和61年(ワ)1236号 判決 1989年2月16日

原告

下田寛

右訴訟代理人弁護士

吉岡和弘

被告

有限会社辰巳タクシー

右代表者代表取締役

川村昭一

右訴訟代理人弁護士

勅使河原安夫

服部耕三

須藤力

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一請求原因事実は当事者間に争いがない。

二抗弁1の事実(懲戒解雇の意思表示)及び抗弁2の事実中、原告が被告主張のとおり本件事故に遭ったこと、原告が高橋と昭和六一年五月一〇日示談契約を締結し八〇万円の交付を受けたこと、原告が仙台シモダ住設サービスというガス器具等の販売を業とする仕事を行っていたこと、被告会社にその主張どおりの懲戒解雇規定があること、被告が昭和六一年六月一〇日付で原告に出勤停止処分の通知をしたこと及び同年七月一〇日付で懲戒解雇処分とする通知をしたことは当事者間に争いがない。

1  本件懲戒解雇処分に至る経緯

<証拠>を総合すれば、本件懲戒解雇処分に至る経緯につき、以下の事実を認めることができる。

(一)  原告は、昭和三二年三月東北商業高等学校を卒業後、タクシー運転手等をしていたが、昭和四八年一一月頃主に風呂釜、湯沸器等ガス器具の修理販売等を業務内容とする仙台シモダ住設を設立し、営業活動を行っていた。しかし、二度にわたるオイルショックの結果右事業は経営難に陥り、昭和五五年六月下旬頃原告は被告会社の採用面接を受けた。右採用面接に際し、被告会社では従前から就業規則上従業員の副業等を禁止していたことから、原告が右採用面接時において住宅設備器具販売業を営んでいたことが問題となったものの、原告は面接に当たった当時の被告会社の総務部長佐藤鉄夫(以下、「佐藤」という)に対し、右事業は現在経営難のため営業活動はしておらず、原告の妻が残務整理をしているだけである旨述べたことから、被告会社は原告に就業規則上の副業禁止の点に関する問題はないと判断し、同年六月二五日原告を従業員として採用した。

(二)  ところが原告は、被告会社に就職後も乗車勤務につく傍ら、非番の日を利用して自ら経営する右業務の営業行為を継続していた。右業務は、具体的には、顧客から注文を受けると、原告が非番、公休日を利用して風呂釜、湯沸器等を顧客宅に運搬し、自ら、その据付、修理等に当たるというものであり、最近では、平均すると毎月一〇件程度の注文があり、年額約三〇〇万円の売上げと確定申告上も数十万円の利益を上げていた。

(三)  原告は昭和五八年九月から被告会社の企業別組合である辰巳タクシー労働組合の書記長を、同五九年九月からは同組合の委員長を勤めた。その当時被告会社の就業規則の改正作業が行われ、原告は同組合の委員長として、同年九月三〇日右就業規則の改正案が適正である旨の意見書を提出した。右改正就業規則は昭和五九年九月一日より実施するとされていたところ、同規則八二条は懲戒処分の種類の一つとして懲戒解雇を定めており、また同規則九一条は、副業の禁止(第六号)、独断的行為の禁止(第一六号)、外部から指摘を受ける言動による会社の信用の毀損(第一八号)を含む四一項目の懲戒解雇事由を定めていた。

(四)  昭和六〇年一一月一九日午前一時五〇分頃、原告は仙台市(旧泉市)南光台四丁目先路上において被告会社の車両に乗務中高橋の運転する車両に追突された本件事故に遭い負傷した。原告は本件事故の翌日仙台市(旧泉市)実沢字中山南八三の一二の高木外科・胃腸科医院に入院し、外傷性頸部症候群、腰背部挫傷と診断され、以後、昭和六一年二月二二日まで入院治療を受けた。

(五)  本件事故の加害者である高橋は、事故当日、同人の勤務先である佐川急便の上司村上課長に付添われ、被告会社に謝罪に訪れた、その際、本件事故は佐川急便の勤務中の事故ではなかったものの、同社の従業員の惹起した事故であった関係から、後日佐川急便の事故係である望月係長(以下、「望月」という)と被告会社との間で治療費等の支払関係その他につき協議することとなり、昭和六〇年一一月二二日、被告会社の事故係菊地と望月との間で、右の点に関する打合わせがなされた。その結果、高橋が任意保険に加入しておらず、自賠責保険による賠償額の補償しか受けられない関係で、同人には賠償額の支払能力に限度があり、原告を含めた被害者に対する賠償額の立替払等被告会社の協力を必要としたことから、高橋は本件事故に関して原告の過失を主張せずに全面的に責任を認めることとし、当面、原告及び乗客滝の入院等の治療費は高橋が直接病院に支払った後に自賠責にいわゆる加害者請求をすることとし、原告の給料(休業損害分)については高橋が被告会社に持参し、また被告会社の車両損害分については分割払とすることにした。

(六)  その後、昭和六〇年一二月の原告の給料(休業損害分)については高橋より被告会社に支払があり、また当初は原告らの治療費の支払も高橋によってなされていたものの、高橋は資金上これらの支払を履行することができない状態となり、その結果、原告は昭和六一年一月頃入院先の高木外科医院から、原告の治療費の支払が滞っている旨指摘を受けた。そこで原告は、被告会社にその旨連絡したところ、菊地は直ちに高橋により治療費の支払が滞っている事実を確認し、高橋には当面原告らの治療費を負担する能力がないことが判明したので、被告会社側で自賠責の被害者請求手続を行うこととし、菊地が主として右手続をした。

(七)  昭和六一年二月二二日原告は高木外科医院を退院し、その後も通院治療を受けていたが、同年三月二六日から職場に復帰し、乗車勤務についた。同年四月六日、被告会社は高橋個人に賠償額の支払能力に問題があったことから、高橋及び同人の父である高橋昭を相手方当事者として、賠償金額の点はともかく、原告及び乗客滝に関する賠償責任につき最後まで誠意をもって支払う旨の念書を取った。但し、右の交渉の過程において右高橋らの負担する額が相当多額になることが予想されたことから、右賠償金は分割して支払う旨話し合われた。原告は翌日、菊地と高橋らとの間で右のような交渉がなされ、高橋が示談額を分割払することになったことを知り、当事者である自分を抜きにして被告会社が高橋と勝手に示談をしたとして、菊地に抗議した。菊地は、右交渉によって示談額が決められたわけではなく、高橋及び同人の父である高橋昭が連帯して将来とも責任を負う旨約定し、支払方法を分割にする旨話合っただけであり、さしあたっては被告会社が原告に賠償額を立替える旨話したが、原告は菊地の右説明に納得せず、逆に菊地に対し、原告と被告会社とが共同して高橋の勤務先である佐川急便を相手にして訴えを提起しないかと持掛けた。しかしながら、菊地は本件事故に関しては佐川急便は無関係であることから原告の右申出には応ぜず、原告がどうしても佐川急便を相手にして訴えを提起するというのであれば、「勝手にしたらいい」旨述べた。結局その日は菊地と原告との間の話はつかず、その結果原告は、同日本件事故の痛みが出たとして早退した。原告の次の出勤日である同月九日、原告は被告会社総務部長の森司朗(以下、「森」という)と話合ったが、一日当りの売上(稼働)金額、早退の点について感情的なやりとりもあって話はつかず、原告は当日は最後まで乗車勤務についたものの同月一一日高木外科医院の今後二か月の治療を要するとの診断書を取り、同日以降再び被告会社における勤務を休んだ。

(八)  原告は右のとおり勤務を休んだのであるが、その直後から加害者である高橋と直接示談交渉を行い、数回にわたって高橋とその父を自宅に呼付け、事故係を通さず単独で示談交渉をした。この時、原告は高橋らに対し、主として原告が副業として営んでいた仙台シモダ住設についての店舗休業損害を繰返し請求し、その結果、同年五月一〇日、高橋が原告に対し原告の店舗休業損害、精神的慰藉料として一三〇万円の支払義務があることを認め、既に八〇万円については原告が受領済みである旨の示談が成立した。右示談成立時点において、原告は高橋に対し、この示談の件については被告会社に黙っていてくれと言った。

(九)  同年五月一三日、原告は被告会社に出向き、被告会社代表取締役川村昭一(以下、「川村」という)に面会し、体も治ったので六月一日からまた乗車勤務につきたい旨申出た。川村は右申出を受け、六月一日から原告の乗車勤務を再開させることにした。ところが、原告が川村に面会した当日、乗客滝の示談の件で菊地が高橋に連絡をしたところ、高橋は、原告に示談金として既に八〇万円を支払った関係で滝の示談金については当面支払うことはできない旨回答した。右回答を受けた菊地は、高橋から事情を説明してもらい、その結果、原告が単独で高橋と示談交渉をしていたこと、示談契約の内容及び店舗休業損害名目で金員を請求していたことから原告が副業を行っていることを知った。そこで、菊地、森は原告を会社に呼出し、右事実を質し、右八〇万円を高橋に返済するよう指示したが、原告は事実関係は認めたものの右返済には応じなかった。そこで、被告会社は昭和六一年六月一〇日、原告が被告に無断で示談書を取り交わしたことは就業規則九一条六号に違反するとして、取敢えず原告を三〇日間の有給の出勤停止処分とし、その後同年七月一〇日付をもって、原告には就業規則九一条六号、一八号に該当する事由があるとして、本件懲戒解雇処分をした。

以上の事実を認めることができる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲その余の各証拠に照らして採用することはできない。

2  被告主張の解雇事由の存否

本件懲戒解雇に際し、被告が出勤停止処分通知書(甲第一号証)及び懲戒解雇処分通知書(甲第二号証)で原告に示した解雇事由は多少不正確な点があり、本件訴訟において被告が主張する原告の懲戒解雇事由とは若干異なる点も存するが、解雇の時に告知された解雇事由以外の事由であっても、解雇の当時に存在していたものである限り、当該解雇の効力に影響を与えるものというべきであるから、その効力を解雇の時に告知された事由のみに限定して判断しなければならないものではない。したがって、懲戒解雇事由の追加主張は可能であると解する。また、原告は「休業所得を受領し会社もぐるになっているのだろう等と指摘され会社の信用を傷つけられた」という懲戒解雇事由の主張は時機に遅れた攻撃防禦方法として許されないと主張するが、この点に関する具体的事実は第六回口頭弁論期日の証人森の証言中に既に現れているのであって、原告に予期しない不意打ちを与えるものでないこと明らかであるから、この点に関する原告の主張も理由がない。

そこで、先に判示し認定した事実が被告主張の懲戒解雇事由に該当するか否かにつき判断する。

(一)  副業禁止違反の点について

右認定のとおり、原告が被告会社の採用面接を受けた当時、被告会社では従業員の副業を禁止し、その違反を諭旨解雇又は懲戒解雇事由としており、また、昭和五九年に改正された本件就業規則九一条六号においても同様に禁止していた。ところで、余暇をいかに利用するかは原則として労働者の自由に決しうるところであり、余暇の利用には副業を営むことも含まれているということができる。しかし、乗客の生命、身体を預かるタクシー会社にとって事故を防止することは企業存続上の至上命題であり、社会的に要請されている使命でもあるから、従業員たる運転手が非番の日に十分休養を取り体調を万全なものとするように期待し、且つ、心労や悩みの原因となる事由をできるだけ排除し、もって安全運転を確保すると共に、従業員の会社に対する労務提供を十全なものたらしめようとすることは当然であり、このような趣旨から被告が従業員の副業を懲戒解雇事由として禁止していることには十分な合理性があるものと解すべきである。しかるところ、前記認定によれば、原告が従事していた副業は、曽ては本業としていた程の営業であり、売上高や利益は原告自身が述べるとおり現在でも相当額に達し、単なるアルバイトからの臨時収入といえない程原告の生計にとって不可欠な規模に達しており、原告自身がその販売、配達、据付、修理等の労務に従事することにより、非番等の日における心身の休養時間が少なくなるのみならず、経営上の悩みや心労を伴うことが不可避であるといわなければならない。しかも、原告は、被告会社において副業が禁止されていることを十分認識していながら、就職後も継続して右の副業に従事していたのである。

したがって、原告が右のとおり副業を行いながら被告会社の運転業務に携ることにより、事故防止というタクシー会社に課せられた使命の達成が危うくなると共に、従業員の会社に対する労務提供の確保という目的も達せられなくなることは明らかであるから、原告が右のとおり副業を行っていたことは懲戒解雇事由に該当する。

(二)  独断的行為について

被告は、従業員が乗車勤務中事故に遭った場合は示談関係は総て事故係が交渉にあたることとし、従業員独自の示談交渉を禁止しており、独自で示談交渉を行うことは独断的行為を禁止した懲戒解雇事由に該当するから、原告がなした本件示談契約は右懲戒解雇事由に該当すると主張する。そこで検討するに、タクシー業はその業務の性質上他に比べて交通事故の原因者又は被害者になることが格段に多い事業であるから、いずれの事故についても統一的な基準の下に専門的・類型的に処理すべき必要性が高いのは見易いところであり、このような実際の必要性からできるだけ従業員が独自に示談交渉をするのを避け、専門の事故係に処理させるようにしていることには相当の理由がある。しかしながら、業務として運転中交通事故の加害者又は被害者となった場合に、タクシー運転手といえども相手方救済のため又は自己の権利を擁護するために示談交渉をなしうるのは当然であって、これは固有の権限であると解すべきであり、しかも、本件就業規則九一条一六号にいう「職務の権限範囲」の中に、「従業員は業務上自己が関係した交通事故につき、独自に示談交渉をする権限を有しない」との趣旨が含まれていると解するのは困難である。現に被告会社代表者本人尋問の結果中にも、被告会社においては従来右後段の如くに解していたことを窺わせる供述部分がある。このようなものであるから、従業員が独自に示談交渉をするのを避けようというのは、いわば訓示的な申合せないし慣行であるのにすぎないと解すべきである。したがって、原告が単独で示談交渉をしたこと自体をもって就業規則第九一条一六号に該当すると解することはできない。

(三)  信用毀損について

本件就業規則第九一条一八号が懲戒解雇事由としている「外部から指摘を受ける言動を行い、会社の信用を傷付けること」というのは、会社の存立ないし事業運営の維持確保を目的とする懲戒処分の本質に鑑みれば、会社に対する社会一般の客観的評価を少なからず低下させる言動を意味すると解すべきである。しかして、外部から指摘を受ける言動を行い会社の信用を害したとしてする懲戒解雇が有効であるためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や事業遂行上の不利益の発生を必要とするものではないが、当該言動の動機、性質のほか、会社の事業の種類・規模、当該従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から総合的に判断して、会社の社会的評価が右の程度以上に低下させられたと客観的に評価できる場合でなければならない。

そこで右見地から原告にそのような事実があったか否かにつき検討するに、先に認定した事実を前提として、<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は高橋あるいは同人の父親と示談交渉をするに当り、被告会社からの給与等は被告から支払われるのでこれは請求しないとして、原告が営むシモダ住設の営業の休業損害分及び精神的慰藉料のみを同人らに請求した。右示談交渉は数週間に及び、毎週のように原告は高橋側の者を呼出し、示談に応じなければ高橋が勤務している佐川急便を相手に訴訟を提起するとして示談を迫った。

(2) 右請求に当り、原告はシモダ住設の昭和六〇年度決算額(昭和六〇年一月から同年一一月一九日までのもの)を三六七万〇五六二円とし、これを前提として休業期間中(昭和六〇年一一月一九日から昭和六一年二月末日まで)の店舗休業損害額を一一〇万円として高橋に請求した。ところが実際のシモダ住設の利益は、確定申告の上では年額数十万円であり、原告が高橋に示した三六七万余円という金額は昭和六〇年度において原告が被告から受けた給与とこれ以外の所得とを合算した数字に大体合致していた。

(3) 示談が成立した昭和六一年五月一〇日、原告は高橋に右示談締結の事実を被告会社に内密にしておくように依頼した。高橋は、原告の店舗休業損害と被告とは関係がない筈であるのに、内密にして欲しいというのは不自然であることから、原告の店舗休業損害の請求に不明朗な点を感じ、実質は被告における休業損害分ではないかと考え、菊地から示談締結に関する問合せを受けた際、被告が原告を利用して休業損害を二重に請求しようとしているのではないかと逆に問い質し、併せて原告の交渉の態度等に不満を表明した。そこで菊地は高橋に対し、被告会社では従業員の副業を禁止しており、原告には原告が高橋に対して請求したような店舗休業損害等の存する筈がないこと及び原告の示談交渉は被告とは無関係であることを説明した。

(4) 菊地からの説明により、高橋は示談交渉に際し原告が呈示した金額が根拠のないものであったと考え、原告を相手として、昭和六一年六月頃示談契約の無効確認の調停を申立てた。

以上の事実を認定することができる。

右事実によれば、原告が高橋に対して請求した店舗休業損害はもともと被告会社が懲戒解雇事由として禁止している副業から生ずるものであり、しかもその請求金額がかなりの高額に達していたため、被告が従業員のかかる行為を放置できないと考えたことは理解できないわけではない。しかしながら、右は従業員の職務外の行為であって、原告が被告会社の単なる運転手従業員にすぎない以上、原告がその雇主である被告会社に隠れて、しかも必ずしも実際の所得額に合致しているとは言い難い過大請求をしたからと言って、それが直ちに被告会社の社会的評価に少なからざる影響を及ぼすものとまでは解することはできない。また被告は、原告と被告会社とが意を通じ合って二重に高橋から休業損害を請求しようとしているとの誤解を高橋に与え、被告の社会的評価を失墜させたと主張するが、原告のとった行動は当然には原告と被告との協同関係を窺わせるものではなく、また高橋が、被告が原告の背後にいて二重に高橋から休業損害を請求しようとしているのではないかと考えたのは、明確な根拠があってのことではなくてあくまでも同人の推測にすぎないのであるから、原告の言動により被告会社の社会的評価が相当程度低下したと客観的に評価するのは困難である。したがって、本件において被告の信用を毀損したとの懲戒解雇事由の存在を認定することはできない。

3  被告主張の解雇事由の評価

以上判示のとおり、被告主張の解雇事由については、副業禁止違反の点のみを認めることができるから、右事由が原告を解雇するに足りる合理性、相当性を有していたか否かについて検討する。

(一)  原告は、被告は従前から原告の副業を認めていたのであるから、現時点において突如として右事実を理由として解雇することは不当であると主張し、その本人尋問において、(1) 被告会社に入社後数ケ月して佐藤部長に呼出され、店舗のことで問われたものの、同人から被告会社の仕事を最優先にし、被告会社の水揚に影響を与えないならば、副業を行うことは本人の才覚であるとして副業を行うことの承認を受けた、(2) しばしば被告会社の車検工場において、とりわけ昭和五七年頃からは森自身によって、シモダ住設サービスと横書された原告所有のワゴン車の車検を受けていたのであるから、被告会社では原告が副業していることを知っていた筈だ、と供述する。しかし、このような明示、黙示の承認があったのであれば、高橋と示談した際、副業所得相当額の賠償約束をさせたことを内密にしておくように依頼したのは解せないことであり、又被告代表者の供述によれば、被告会社では従業員の家族が営業活動を行うことまで禁止していたわけではないことが認められること等に徴すれば、原告が被告会社において右車両の車検手続を受けていた事実から直ちに、原告自身が副業を行っていることを被告会社が認識していたと推認することはできない。したがって、被告が原告の副業を承認していた事実を認定することはできない。

また、原告の市民税、県民税納税義務者別特別徴収税額表(乙第一一号証の一、二)には、原告に給与・配当以外の所得が存し、同表の合算所得の種別欄には給与及び営業の欄に印の付いていることが認められ、この点からして被告は原告が副業を営んでいることを知っていたと推測する余地もないではない。しかし、これは原告の身上とか家庭状況を調査、報告するための書類でないのはもとより、被告会社が自社用に作成したものでもないから、被告会社の人事担当者ないし労務管理者等が右のような書類を一々点検することは通常考えられないところである。したがって、本件の問題が生じて初めて右の点について気付いたとの被告代表者の供述は首肯するに足り、右のような書類が被告会社内にあったことから、当然被告会社が原告の副業を知っていながらこれを黙認していたとの事実を認定することはできないものと解すべきである。

その他、被告会社が原告の副業を黙認していたとの事実を窺わせるに足りる証拠はない。よって、原告の右の点に関する主張は採用できない。

(二)  しかしながら、懲戒解雇処分が労働者の生活に与える影響の重大性に鑑みれば、就業規則の懲戒解雇事由に該当する事実があるからといって直ちに懲戒解雇の効力を肯認するのは相当ではなく、右処分を有効とするためには、企業秩序の維持を保つ上で当該解雇処分をしたことが客観的合理性を有し、社会通念上相当として是認することができるものでなければならない。

そこで判断するに、証人菊地繁義の証言及び被告代表者本人の供述によれば、被告会社の従業員の中には、妻が営んでいる養豚業や、家族が営む農業の手伝として非番の日に養豚作業や農作業をしている者のいることが認められる。これらが、従業員自身の副業に当らないのは明らかであるほか、我国の農家においては、農業経営の名義人如何に拘らず、家族中の手の空いている者が農作業に従事するのは誰しも当然のこととして受け止め、且つそのように予定されていることであり、被告会社でもそのような場合については就業規則上の副業禁止の問題には抵触しないと解していることが右証言等によって認められる。ところが本件の場合は、歴とした原告自身の、しかも先に判示したとおり心身の疲労や悩みの生ずることが十分に考えられる営業内容であるから、これらのことがタクシー運転手の最大の使命である安全運転にとって好ましからざる影響を及ぼすことが懸念されるので、正に先に判示した禁止対象としての副業の典型に該当するということができる。加うるに、既に認定のとおり、原告は入社時から既に被告会社において副業が就業規則上禁止されていることを十分認識しており、また労働組合の委員長として自ら、副業を懲戒解雇事由として禁止した就業規則の改正案を適正であると回答したにも拘らず、右に判示した内容の営業を敢えて継続していたのであるから、負の情状として軽からざるものがある。

(三)  さらに、本件の懲戒解雇処分の有効性を判断するために本件に顕れた諸事情を検討するに、原告は単に禁止されていた副業を行っていたというだけではなく、就業規則には明示されてはおらずそれ自体は懲戒解雇事由に該当するとは言えないものの、自己が行う副業に関する店舗休業損害を高橋から取得するために、示談交渉を事故係に統一的に行わせるという被告会社内の申合せないし慣行に反して独自に、しかも強引且つ相手方に不信感を与える方法で、加害者と示談交渉をし契約を締結しているのであり、右示談の内容も実際よりも過大な収入額を基礎としたため、原告が休業補償分の二重取りをすることを被告会社も容認していたのではないかとの疑惑を相手方に与えたのである。このような諸事情に徴すれば、社内規律を維持するためにはもはや原告を懲戒解雇処分とせざるを得ないと判断し、懲戒解雇処分とした被告の処置は相当として是認することができる。

三労働基準法一九条違反の主張について

1  本件懲戒解雇が休業期間及びその後の三〇日間における解雇を禁止した労働基準法一九条に違反するか否かについて判断するに、先に認定した事実に<証拠>を総合すれば、原告は昭和六一年二月二二日高木外科医院を退院し、その後暫くの間右医院に通院治療を受けながら自宅療養をした後、同年三月二六日から職場に復帰し、当初は朝八時から翌日の午前二時までの勤務に就くことにさしたる支障はなかった、原告が本件事故による痛みが再び出たとして乗車勤務を早退したのは、菊地との間で前記認定のとおり高橋との示談の件でやりとりがあった同年四月七日であり、次の出勤日である同月九日は通常どおり勤務に就いたものの、同日の勤務中原告は森から、長期間休んだ後であるので四月中は体を慣らすために臨時運転手として勤務してはどうかと勧められたのに対し、臨時であれば働く意欲が湧かないので正規の勤務につかせてくれと逆に申入れた、ところが原告は同月一一日に高木外科医院から今後二ケ月間の加療を要するとの診断書を得てこれを被告会社に提出し、再び勤務を休むようになった、勤務を休むようになった後直ちに原告は加害者である高橋側と示談交渉を始め、数回の交渉の後同年五月一〇日に本件示談を締結し、同月一三日被告会社の川村社長に対し、体が治ったので六月一日以降勤務に就きたいと申出たこと、以上の事実が認められる。原告の本人尋問の結果中右認定事実に反する部分は前掲各証拠に比して採用することはできない。

右事実によれば、原告は昭和六一年三月二六日以降は平常どおり出勤できるようになったのであるから、原告の本件事故に関する休業期間は同年三月二五日をもって満了したものと解すべきである。何故なら、労働基準法一九条が休業期間及びその後の三〇日間内の解雇を禁止した趣旨は、右期間内の解雇を認めたのでは負傷等のために新たに職を探すことが不可能であり、労働者の生活を脅かすことになるからであるが、平常どおり出勤できるようになった以上、右法条が保護しようとする趣旨はもはや全うされたといいうるからである。

なお、本件においては原告が四月一一日以降再び痛みが生じたとして出社しなくなったことが休業期間の満了との関係で問題となるが、菊地、森との交渉及び高橋との示談契約締結の各経緯に照らせば、右のとおり出社しなくなったことが真実療養のために必要なものであったと認めることはできず、既に平常どおり出勤できるようになったとの右認定を左右するものではない。また、高木外科医院高木靖医師の作成した今後二ケ月間の治療を要するとの昭和六一年四月一一日付診断書(甲第六号証)、同医師作成の六月一一日以後も頸痛、右肩ないし右上肢の脱力感残存し外来にて理学療養中であるとの同年九月五日付診断書(甲第一六号証)及び同医師作成の同年一一月三〇日に原告の症状が固定したとの同日付自賠責保険後遺症害診断書(甲第一七号証)が存するが、これらの診断書は主に患者である原告の愁訴を基礎としたものであり、また、交通事故による外傷性頸部症候群、頸椎捻挫等のいわゆるむち打ち症については、多分に心因的なものがあるのに加えて、医師としても他覚的所見がないのに患者の愁訴をそのまま受入れて診断する例がしばしば見られるので、右のような記載の診断書が存することをもっては未だ、更に原告が療養のために休業しなければならなかったと認めることはできない。

したがって、原告の本件事故に関する休業期間は昭和六一年三月二五日までであるから、解雇が制限されるのは同日以後三〇日間の同年四月二四日までであるのにすぎない。

よって、同年七月一〇日付で原告を解雇した被告の処分には、労働基準法一九条に関して何ら問題はない。

2  また原告は、昭和六一年六月一〇日付出勤停止処分は、労基法一九条を潜脱するための便法に過ぎないと主張するが、原告の本件事故に関する休業期間が右認定のとおり昭和六一年三月二五日までと解すべきである以上、原告の右主張には理由がないこと明らかである。なお、付言するに原告は被告の右処分が本件就業規則に根拠を持たない違法な処分であると主張するが、同規則第八五条は懲戒処分前の就業制限を規定しており、前掲甲第二号証によれば、被告は右八五条に基づき出勤停止処分をした(但し、停止期間中も賃金を支給している。)ことが認められるから、原告の右主張には理由がない。

四二重処罰の主張について

原告は、被告が原告にした昭和六一年六月一〇日付出勤停止処分及び本件懲戒解雇処分は同一の事実に対する二重の処分であると主張するが、右に判示したとおり、出勤停止処分は独立した懲戒処分ではなく、懲戒処分前の暫定的な就業制限に過ぎないのであるから、二重の処分であるとの原告の主張には何ら理由がない。この点、甲第一号証には懲戒処分通知書との記載があるが、右のような記載があるからといって、右認定を左右するものではない。

五不当労働行為の主張について

原告は、本件懲戒解雇をして、原告が自交総連宮城地連に加入したことを被告が嫌悪した結果であると主張する。しかしながら、証人森の証言及び被告代表者尋問の結果によれば、被告は原告が自交総連宮城地連に加入したと主張する昭和六一年五月三〇日以前である同月二〇日頃、原告を被告会社に呼出し、独断による示談締結の事実を確認するとともに、原告が既に高橋から受領している八〇万円を高橋に返還し、反省の態度を示すならばそれを考慮しようとして、原告に対し高橋に八〇万円を返還するように指示したものの、原告はこれに応じようとせず、逆に居直ったような態度をとったことから、その時点で既に原告を副業禁止等を理由として懲戒解雇処分に処することを事実上決定していたことが認められる。このように、被告が原告を懲戒解雇処分とすることを事実上決定していたのは被告が自交総連宮城地連に加入する以前であったから、本件懲戒解雇と原告が自交総連宮城地連に加入したこととの間には関係はないものと解すべきである。したがって、本件懲戒解雇をもって、原告が自交総連宮城地連に加入したことを理由とする不当労働行為であるから無効であるとする原告の右主張には理由がない。

六以上のとおりであって、本件懲戒解雇処分の効力に関する原告の主張には総て理由がなく、右懲戒解雇処分は有効である。よって、原告の本訴請求は全部理由がないことに帰するのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林啓二 裁判官吉野孝義 裁判官岩井隆義)

事由

第一 申立

一 請求の趣旨

1 原告と被告との間に、労働契約が存在することを確認する。

2 被告は原告に対して、昭和六一年七月一一日以降毎月七日限り一か月金二二万七七八七円の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 第2項につき仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二 主張

一 請求原因

1 当事者

原告は、昭和五五年六月二六日タクシー業を営む被告会社と労働契約を締結し、以来被告会社においてタクシー運転の業務に従事してきた。

2 解雇通知

被告は原告に対し、昭和六一年六月一一日頃三〇日間の出勤停止処分を通告し、更に同年七月一〇日付をもって懲戒解雇したと主張している。

3 原告の本件解雇前三か月間の平均賃金額は金二二万七七八七円である。

4 よって、原告は被告に対し、請求の趣旨1、2記載のとおり、労働契約上の権利を有することの確認と賃金等の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

請求原因事実は総て認める。

三 抗弁

1 被告は原告に対し、昭和六一年七月一一日に同月一〇日付の書面を発送して、原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という)。

2 本件懲戒解雇は、原告に被告会社の就業規則(甲第五号証、以下「本件就業規則」という)第九二条六号、一六号、一八号に該当する事由があったので、これに基づいてなされたのである。すなわち、同条は諭旨解雇及び懲戒解雇事由を定めた規定であり、その六号は「許可なく在籍のまま他に就職、または就任しあるいは自己の営業をしたとき」、一六号は「職務の権限範囲を超えて独断的行為をしたとき」、一八号は「外部から指摘を受ける言動を行い、会社の信用を傷つけ、または会社に損害を与えたとき」という内容になっている。これらの該当する具体的な事実関係は以下のとおりである。

(一) 原告は、昭和六〇年一一月一九日午前一時五〇分頃仙台市(旧泉市)南光台四丁目先路上において被告会社の車両に乗務中、訴外高橋潤(以下、「高橋」という)運転車両に追突されるという事故(以下、「本件事故」という)に遭い、昭和六一年二月二二日まで入院し、その後同年三月二五日まで通院治療を受けていた。

(二) 右のように乗務員が乗車勤務中事故に遭った場合、被告会社においては「事故係」という専門社員に示談、補償交渉に当らせ、当該運転手独自での示談交渉は禁止していた。

(三) ところが、原告は本件事故に関し、被告に全く無断で高橋と示談交渉をし、昭和六一年五月一〇日同人との間で店舗休業補償費、精神的慰藉料として賠償額を一三〇万円とする示談契約を締結し、既に同人から八〇万円の交付を受けていた。しかも原告は、右示談交渉に当り、執拗に高橋に店舗休業損害を請求し、その結果、高橋から右金員の交付を受けたものであるが、原告が当時副業として行っていた仙台シモダ住設(以下「シモダ住設」という)の営業所得は昭和六〇年度はわずか四四万八四二九円にしか過ぎなかったのであるから、原告が高橋に請求した店舗休業損害金なるものの実質は被告からの給与所得にほかならず、原告は休業期間中被告から給料の支払を受けていた以上、右金員は原告が高橋に請求できる筋合のものではなかった。そこで被告は原告に、高橋に右金員を返還するように指示したが、原告はこれに応じようとはせず、その後原告は高橋から右金員の返還を求める調停を提起されるに至った。

(四) 以上の経緯において、被告は高橋から、被告が原告と意を通じて高橋に対し、店舗休業損害金という名目で二重に休業損害を請求するかのごとき誤解を受け、また、被告の従業員である原告の高橋に対する言動につき注意を受けることとなり、更には被告会社自身給与の過払いにつき高橋から指摘を受けかねず、会社の信用を害しかねない状況に至った。

(五) また被告会社では、就業規則九一条六号において副業を禁止しこれを懲戒解雇事由としていたところ、原告単独での示談の事実が判明した際に併せて、原告が被告会社に入社後継続して風呂・ガス器具等の修理、販売等を内容とするシモダ住設の営業をしており、明番もしくは公休日を利用して営業活動を継続していたことが判明するに至った。その業務内容は、一日数ケ所の顧客を回って風呂桶の取付け、修理等をなすものであって明番一日中の殆どを費し、かつ肉体的にも決して軽作業とは言えないものであった。

(六) 今回判明した以上の事実は、無断で副業を行っていたことについては懲戒解雇事由を定めた本件就業規則九一条六号に、独断で示談をした点については同条一六号に、高橋に誤解を与える言動をし被告の信用を害した点については同条一八号にそれぞれ該当する。

(七) 以上の事実が判明したので、被告は原告に対し、先に述べたとおり八〇万円を高橋に返還するように求め、被告に無断で高橋と示談したことにつき合理的説明を求め、また副業を中止するよう求めたが、原告の聞き入れるところではなかった。そこで被告は解雇をも含む各種処分を検討することとなり、最初から懲戒解雇処分というのではあまりに結果が重大なので、最終的処分を行う以前にとりあえず三〇日間の有給の出勤停止処分とすることとし、昭和六一年六月一〇日付をもって原告にその旨通知した。しかし、原告にはその後も一向に改善の跡が見られなかったので、被告としてはもはや雇用を継続する上での前提となる信頼関係が破壊されたものと判断し、原告を懲戒解雇処分とすることに決定し、同年七月一〇日付の書面を同月一一日に発送して原告に対し懲戒解雇の通知をした。

四 抗弁に対する認否

抗弁1の事実及び同2の事実中原告が被告主張のとおり本件事故に遭ったこと、原告が高橋と昭和六一年五月一〇日示談契約を締結し八〇万円の交付を受けていたこと、原告がシモダ住設というガス器具等の販売を業とする副業を行っていたこと、被告会社に被告主張の懲戒解雇規定があること、被告が昭和六一年六月一〇日付で原告に出勤停止処分の通知をしたことは認め、その余は否認する。

五 原告の訴訟上の主張

本件における懲戒解雇事由は、懲戒解雇の裁判に関する審判の対象が被告側から提示された懲戒解雇事由そのものであるという特殊性に鑑みれば、懲戒解雇通知書に示された事項、即ち、右書面を善解しても、副業禁止違反、無断で示談書を取交わし外部から指摘を受ける言動を行ったことの二点に限定されるべきである。したがって、原告が独断で権限範囲を超える行為をしたとの主張は、懲戒解雇事由の新規追加として許されるべきではない。また、高橋に誤解を与える言動をした結果被告会社の信用を害したとの主張は結審直前になって提示されたものであるから、時機に遅れた攻撃防禦方法であり許されるべきでない。

六 原告の訴訟上の主張に対して

争う。

七 再抗弁

本件懲戒解雇処分は以下の理由により無効である。

1 労働基準法一九条違反

(一) 原告は、本件事故により負傷し、腰背部挫傷、外傷性頸部症候群の加療のために入通院を余儀なくされ、被告が昭和六一年七月一〇日付をもって懲戒解雇処分をした当時はいまだ療養のために休業していた。右原告の受傷は業務上の負傷である。したがって、被告の右懲戒解雇処分は労働基準法一九条に違反し無効である。

(二) 被告の昭和六一年六月一〇日付の三〇日間の出勤停止処分は、本件就業規則に根拠をもたないので何ら独自の法的意味を持つものではなく、単に労働基準法一九条を潜脱するための便法に過ぎないのであるから、かかる処分を前提とした本件懲戒解雇は労働基準法一九条に違反する。

2 二重処罰の禁止

本件出勤停止処分と懲戒解雇処分とは、事実関係を同一にしたものであり、同一事実を前提に二重の処分をしたと評価せざるを得ない。したがって、本件懲戒解雇処分は二重処罰の禁止の原則に違反する。

3 解雇権の濫用

(一) 独断で示談をしたとの主張について

(1) 原告が高橋と示談したのは以下の理由による。

原告は本件事故による負傷のため昭和六〇年一一月一九日より昭和六一年二月二二日まで入院していた。この間、原告は右入院加療に必要な治療費について、当然のことながら被告が総て取計らってくれるものと考えていた。ところが原告は、担当の医者から突然治療費を請求されるに至った。そこで不審に思った原告が被告会社の運行管理者事故係である訴外菊地繁義(以下、「菊地」という)に問い質したところ、被告は原告の治療費等についての請求手続を行っていないことが判明した。そこで、病院からの再三にわたる治療費請求を受けた原告は、やむなく自ら被害者請求を行い、右治療費を支払った。

被告は、こうしたルーズな事故処理をする一方、原告が取るべき慰藉料について原告に何らの断りもないまま、被害賠償については月賦払とする旨の示談を高橋との間で締結しようとしていた。そこで原告がこれに抗議したところ、右菊地が、「それなら勝手に自分で示談しろ。加害者の住所や電話番号を教えるから。」と突放したため、原告はやむなく自分で直接高橋と交渉せざるを得なくなり、高橋と昭和六一年五月一〇日示談契約を締結するに至ったのである。

(2) このように、原告が自ら示談契約を締結したのは、被告会社が自社の社員について生じた交通事故の事故処理を怠ったり、慰藉料の取決めについて被害を受けた本人の意向を全く顧みないまま示談を進めようとし、原告からの抗議があった途端以後の交渉を放棄し原告自らに押付けてしまったことにそもそもの原因があったこと、並びに、示談書取交わしについては、被告会社も原告が自ら加害者と示談交渉を行うために住所や電話番号を教える等して予め原告の示談交渉を認めていたにもかかわらず、これを原告の一方的な帰責事由であるとして解雇の理由とするのは、原告を欺罔するに等しい不当な処分である。

(二) 副業禁止違反の主張について

原告は、昭和四九年一〇月から仙台シモダ住設サービスというガス器具等の販売を業とする仕事を行っていたが、経営不振のため被告会社に就職し、これ以後は、会社の承認を得たうえで原告がタクシー運転業務と右営業とを数年間にわたって兼業していたのであって、現時点において突如として右事実を解雇理由に付加えることは不当である。

4 不当労働行為

(一) 原告は被告会社の人格無視の姿勢に憤りを感じ、辰巳タクシー労働組合に支援を求めたが、積極的支援を得られなかったことから、昭和六一年五月三〇日、全国自動車交通労働組合総連合(以下、「自交総連」という)宮城地方連合(以下、「宮城地連」という)に加盟した。

(二) ところが、被告は突然昭和六一年六月一〇日付をもって、三〇日間の出勤停止処分を通告し、同年七月一〇日付で原告を解雇した。

(三) 本件解雇の真の狙いは、原告が自交総連に加盟し、被告会社の他の労働者に対しても自交総連加盟の組合を作ろうと呼掛けたことに、被告会社が強い警戒感を持ち、原告を会社外に放逐しようとしたことにある。したがって、本件解雇は不当労働行為に当たるから無効である。

八 再抗弁に対する認否

1 再抗弁1(一)のうち、原告が本件事故により負傷したこと、右事故が業務上のものであることは認め、労働基準法一九条に反するとの主張は争う。被告は昭和六一年五月一三日に原告から、体も治り六月一日から出社したい旨の申出を受けた。右申出により原告は六月一日から勤務につくこととなり、休業期間も五月三一日をもって終了しているのであるが、被告が提出を受けた診断書には四月一一日から約二ケ月間の通院加療が必要とのことであったから、被告は、労働基準法一九条の適用につき、休業期間は六月一〇日までと認定したのである。この点については原告との間に了解済である。そこで被告は、休業期間の満了当日付をもって三〇日間の出勤停止処分を通告し、同年七月一〇日付で原告を解雇したのである。したがって本件解雇は労働基準法一九条に反しない。

2 同1(二)、同2の主張はいずれも争う。

被告の行った出勤停止処分は独立した懲戒処分としてのものではなく、いわば処分決定までの間の証拠湮滅や再発の防止のための待機、待命処分に過ぎない。したがって、労働基準法一九条に反しないことはもちろん、二重処罰でもない。

3 同3(一)は否認する。

被告は原告の治療費につき高橋と交渉し、被害者請求も含め諸手続をとっていたし、また、原告の慰藉料についての示談も、原告本人がなお加療中であったので、被告としても高橋と示談のしようがなかったのであり、まして月賦払とする示談を取交わそうとしたことなど全くない。なお、菊地が原告に対し「勝手にしろ」との趣旨のことを言った経緯についての原告の主張は事実に反する。原告が菊地に、原告が遭った事故が加害者の通勤途中のものであるから、その勤務先である佐川急便に対しても損害賠償の請求をすべく訴訟を提起したいが被告も共同提起しないかなどと水を向けられたが、被告会社としてはそのような考えはない旨述べるとともに、「原告が一人でやる(=訴えを提起する)なら、(被告と関係なく)勝手にやったらよい」旨返答したのであって、原告が加害者と勝手に示談してもよい等と述べたものでは決してないのである。

4 同3(二)のうち、被告が原告の副業を承認していたとの点は否認する。

原告が副業をしている事実を知っていたら、被告はそもそも原告を採用しなかった。原告の話では、妻が右副業をしているが、現在活動はしておらず、残務整理のみであって、妻に任せているということだったのである。

5 同4の主張は争う。被告が原告を解雇したことと原告の自交総連加盟問題とは無関係である。

第三 証拠<省略>

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